たけじょーすたいる、しんぷるすたいる。

21歳マイペースな浪人生がマイペースにシンプルライフを目指すブログ。

私がひきこもりになるまで

 

こんにちは、たけじょーです。

私は高校時代、不登校になりひきこもりになりました。

この記事は私がひきこもりになるまでのお話。

こんなちょっとしたことでも人によっては、タイミングによってはひきこもりになるんだよっていう話です。

※めっちゃ長いです。

 

 

わたしの性格と昔

人見知りで自分から話しかけることはなく、周りから話してくれるのを待つ性格です。

新たに友だちをつくるのは苦手、打ち解けるにもかなり時間がかかる、これは今でも変わっていません。

ただ有り難いことに周りの子が声をかけてくれて友だちもできました。

成績も良い方で先生の言うことや校則をきちんと守る、所謂優等生でした。

 

転機は中学3年生のとき

中学1,2年生のとき、私にとっては相性が良い先生が2年連続担任で、クラスメイトも波長が合う人が多くかなり楽しかった記憶があります。

しかし3年生になり担任の先生が変わりました。

私にとっては1番合わない先生、クラスメイトも苦手なタイプの子が多い。

さらに体育の授業でグループのリーダーをやることになりました。

これがどうしても嫌でした。

しかし嫌と言うことも出来ず、結果的に体育の授業がある日は学校を休むようになりました。

そんなことで、と思われるかもしれませんが、私にはどうしても耐えられませんでした。

そして体育がある時だけ休むと、体育に出たくないということが周りにバレる、それが嫌で他の日も度々休むように。

この時期から愛想笑いをすること、人づきあいをすることが出来なくなり、さらに学校を休みがちになったことで勉強にもついていけない。

自分は落ちこぼれたという思いが常に付きまといました。

 

しかし高校に入ったら何か変わるだろうと、何とか卒業、無事に地元の高校にも合格しました。

 

高校生になって

不安と希望を胸に入学した高校。

今でも一番大切に思っている親友と同じクラスになりました。

楽しい高校生活が送れると思ったのですが、担任の先生がどことなく中3のときの担任の先生に似ている…。

雰囲気なのか何なのか今でも分かりませんが、同じ中学だった人も全く同じ感想を抱いていました。

そこから私はその高校の嫌なところばかり目につくようになりました。

担任の先生との相性、クラスの子たちは苦手なタイプの子、宿題が多い、5分前行動など校則が厳しい…。

今考えるとなんてこと無いことですが、精神的に余裕が全くなく、どうしてもポジティブな考えが出来なくなっていました。

 

そして ひきこもりへ

その学校には2分間スピーチというものがありました。

私は人前で話すことが苦手ですが、少しでも克服できるなら、と高校を選ぶときから考えてました。

実際スピーチをつくるときは特に指導もなく生徒にほぼ丸投げ(に感じました)。

それがゴールデンウィーク中の宿題でしたが全く書けず、ゴールデンウィーク明け丸々2週間休みました。

定期テストがある週から出ましたが、2週間も休んだので当然ボロボロ、赤点をとったり、休んだ分呼び出しがあったり、「優等生」だった頃との落差で「自分は落ちこぼれた」という意識が付きまとい精神的にボロボロ。

定期テストの週、そしてテスト返しがある翌週の2週間は出席しましたが、そこで電池切れ。

その後は1週間ずつ欠席と出席を繰り返しました。

 

終業式も休み、夏休みのイベントの手伝いも申し出ていたのに参加しませんでした。(確かオープンキャンパスだったと記憶)

夏休みの三者面談、当然注意を受けました。

そしていくつかの教科でかなり低い成績を取ったのでその呼び出し。

今まで優等生だった自分が母の前でこんな情けない姿を見せている、とかなり辛かったです。

そして帰ったあと、「もうあの学校に通うのは無理だ」と思いました。

二学期からまたあの学校に通っている自分の姿が全く想像できませんでした。

 

夏休み明けから全く出席しませんでした。

もう頑張ることが出来ませんでした。

こうして私は不登校、そしてひきこもりになりました。

 

ひきこもりの生活

不登校、ひきこもりになってからは明け方4,5時に就寝、起床は15,16時が普通でした。

母とは口を聞いてなかったので、できるだけ母の視界に入らないよう、気配を消す日々でした。

2階のリビングの隣が自室なのですが、リビングには1日中母が居ます。

起床後は1階にあるエレクトーンを置いている部屋に、父が帰ってくるまで閉じこもり、父が帰ってきたらご飯を食べる(1日1食)。

ご飯を食べたら自室にひきこもり、夜中にはベッドに潜りスマホでネットをする、という生活でした。

 

ひきこもり生活 その後

約3ヶ月後には通信制高校へ転校しました。

しかし父としか会話をしてなかったので、たった3ヶ月ですがコミュニケーション能力はガタ落ちしていて(集中力がなくなり人の話が入ってこない、返事の仕方がわからない)、とにかく人が怖いという状態になっていました。

そしてその後2年近く転校先の学校にはほとんど行きませんでした。(半ひきこもり)

 

学校の先生のサポートはもちろん、精神科に通ったりしてなんとか5年かけて卒業にこぎつけました。

今では人に対する恐怖心もかなり減りました。

 

当時を振り返って

今思うと自分が心を開かなかったことが原因だと思うこともあります。

なんとなく波長が合わないからって当時は完全に拒絶していたのですが、それはどうなんだろう。

もちろん無理しすぎるのもダメだけど、波長が合わない人にエネルギーを使うより、一緒に居て心地いい人にエネルギーを使った方が良いと思う。

実際、隣には親友が居てくれたのに、いつも何かしらイライラすることを考えていた気がします。

と、そんなことに気がつけたので、不登校になったことは後悔していません。

ぶっちゃけると「精神病にかかるひとは甘え」的な考えを持ってましたがそれが誤りだったことも気付きました。ごめんなさい。

正直ひきこもりの昼夜逆転生活を送ると社会復帰はなかなか厳しいし今も大変な思いをしてるけど、何ひとつ後悔していません。

自分についてや人について考えることができるようになりました。

これは1番の収穫です。

 

当時の自分へ

今の自分から数年前の自分に送る言葉は

「とりあえず部屋掃除しよう」

足の踏み場もなく、八つ当たりして破壊したカラーボックスが放置されてたり、嫌な思い出が蘇る中学の卒業アルバムや前の高校の制服、全部捨てちゃえ。嫌な思い出も全部一緒に。

外に出なくてもベランダがあるんだから日の光浴びて外の空気を吸おう。

あと過去の栄光的な成績表やらメダルやら賞状やらも捨てちゃえ。

過去なんかに縋ってないで今を生きよう。

 

当時の私が信じなかった言葉をあえて言います。

「明けない夜はない」

 

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